立命館大学薬学部の北原亮教授と生命科学部の吉澤拓也講師、産業技術総合研究所の亀田倫史主任研究員の研究グループは、タンパク質が形成する凝集状態の1つ「液-液相分離(LLPS)」状態を高圧力下で捉える手法を開発し、家族性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症に関わるRNA結合タンパク質Fused in
Sarcoma(FUS)について、これまで知られていなかった新たなLLPS状態の発見に成功しました。本研究成果は、2021年7月2日(日本時間)にアメリカ化学会の国際誌「Journal of Physical Chemistry B」に掲載されました。
【本件のポイント】
〇家族性ALSに関わるFUSについて、これまで知られている液-液相分離(LLPS)と性質の異なるLLPS(HP-LLPS)を高圧力下で発見した。
〇HP-LLPSは、細胞内で沈着しやすいハイドロゲルやアミロイド線維へ相転移しやすい性質を持つ。
〇LLPS ⇆ HP-LLPS → ハイドロゲル → アミロイド線維という凝集過程を提案した。
【研究の背景】
アルツハイマー病やALSなど多くの神経変性疾患には効果的な治療薬がありません。神経変性疾患の多くは、タンパク質が細胞内に異常凝集することが原因と考えられており、LLPS形成を経てハイドロゲル、アミロイド線維など不可逆な固体凝集物へ成熟していくと考えられています(図1)。ALSの患者では、RNA結合タンパク質であるTAR DNA-binding protein 43 (TDP-43)やFused in Sarcoma (FUS)の細胞質内での異常凝集が見られるため、その凝集メカニズムや疾患との因果関係について研究が進められています。FUSは一部の家族性ALSについて、その細胞質内での凝集形成が発症の原因であることがわかっているため(Brain 139, 2380-2394, 2016)、その異常凝集の形成メカニズムが盛んに研究されています。
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図1. 凝集のプロセス
【研究内容】
今回の研究では、高圧力顕微鏡法によりFUS-LLPSの圧力と温度の効果を観察しました。この手法により、LLPSが800気圧までの加圧により溶けることがわかりました。更に高圧力下での影響を調べるために、3000気圧以上の耐圧性を持つ光学セルを用いて、紫外可視分光光度測定を行いました。一般に、タンパク質水溶液中に相分離した液滴が形成されると濁度が増加するため、400 nmの光を用いた吸光度測定からLLPS形成を評価できます。FUSでは、2000気圧までの加圧により濁度が低下し、2500気圧程度から再び濁度の増加が見られました。加圧による濁度の減少と再増加は、LLPSの消失と新たな形成を意味します。様々な圧力と温度で濁度を測定し相転移点(曇点)を求めることで、LLPSの圧力-温度相図を作製しました(図2)。2000気圧(bar)を境に、低圧では通常のLLPSが安定で、高圧では高圧LLPS(HP-LLPS)が安定であることがわかりました。また、通常のLLPSとHP-LLPSが共存することもわかりました。
図2は生理条件に近い0.15 M NaCl条件における相図ですが、1.0 M NaCl条件でも相図を作製しました。また、FUSのLLPS形成には、ペプチド鎖内に含まれる多数のチロシン(Y)とアルギニン(R)の相互作用が重要であることがわかっているため、5つのチロシンをアラニンに置換しY-R相互作用を減弱させたFUS(Y5A)変異体を作製し、同様に圧力-温度相図を作製しました。塩濃度の増加やY-R相互作用の減弱により、通常のLLPSとHP-LLPSが共に不安定化したことから、静電的相互作用とY-R相互作用が2つのLLPSの安定性に寄与していることがわかりました。
より詳細に相互作用の違いを評価するために、アミノ酸間の相互作用エネルギーを1気圧と3000気圧で分子動力学(MD)計算しました。正負の電荷を有するアミノ酸間の静電的な相互作用は高圧下で不安定化すること、疎水性相互作用とπ-π相互作用、カチオン-π相互作用は安定化することがわかりました。
これらの結果から、HP-LLPSでは静電相互作用が減弱し、疎水性相互作用とπ-π相互作用、カチオン-π相互作用が強化していることが予想されます。HP-LLPSは、より強固な相互作用で、より密に集合した部分モル体積の小さい状態です。このような構造が、LLPSを溶かす性質を持つ1,6-ヘキサンジオールに対する耐性を生み出すものと考えられます。これらの結果から、LLPS ⇄ HP-LLPS → ハイドロゲル → アミロイド線維という凝集過程を提案しました。今後、HP-LLPSが細胞内でも形成されるかを検証する必要があります。
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図2. FUS-LLPSの圧力-温度相図
【今後の展開と社会へのインパクト】
神経変性疾患についてアミロイド線維を標的とした医薬品開発が進められていますが、今後、LLPSを標的とした医薬品開発も期待されます。圧力と温度を軸に、標的タンパク質が形成する多様なLLPSを解明することは、凝集メカニズムの解明や医薬品開発に有用であることは間違いありません。本手法は、あらゆるタンパク質に応用でき、タンパク質の産業応用や創薬研究を加速する可能性があります。
【論文情報】
題目:Pressure and Temperature Phase Diagram for Liquid-Liquid Phase Separation of the RNA-Binding Protein Fused in Sarcoma
著者:Shujie Li a, Takuya Yoshizawa b, Ryota Yamazakic, Ayano Fujiwara a, Tomoshi Kameda d, Ryo Kitaharac*
所属:a立命館大学大学院生命科学研究科、b立命館大学生命科学部、c立命館大学薬学部、d産業技術総合研究所人工知能研究センター
*:責任著者
雑誌:Journal of Physical Chemistry B
巻ページ: 125, 6821-6829
DOI:/10.1021/acs.jpcb.1c01451
URL: https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acs.jpcb.1c01451
【用語解説】
■液-液相分離
液体が2成分以上で形成されるとき、成分比が異なる複数の液相を形成する場合がある。FUSの場合は、タンパク質濃度が薄い相と濃い相に分離し、今回の実験では濃い相が液滴を形成し顕微鏡により観察できた。
■π-π相互作用
芳香環などπ電子を有する官能基間に働く相互作用である。アミノ酸ではトリプトファンやフェニルアラニン、チロシンの芳香族性は知られているが、アルギニンもそれらに匹敵する芳香族性を有する。
■カチオン-π相互作用
正電荷を有する官能基と芳香環などπ電子を有する官能基間の相互作用である。中性付近で正電荷を有するアミノ酸として、リシンやアルギニン、ヒスチジンがある。
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